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HIITを始めた話 day1

https://voicy.jp/channel/2954/7766348

効率という名の納得感を借りる

「新しもの好き」という自覚はあります。 先日、松井博さんのVoicyを拝聴し、そこで紹介されていた「ランニングによるHIIT(高強度インターバルトレーニング)」という言葉が、私の知的好奇心の網に掛かりました。

これまでもランニングや自重トレーニングなど、身体を動かす習慣を身につけようと何度も試みてきました。しかし、そのたびに体調不良や急なイベント、あるいは「なんとなく」といった理由で中断し、挫折を繰り返してきたのが正直なところです。正確には「再開と中断のループ」の中にいたと言うべきでしょうか。

しかし、今回出会ったHIITという手法には、これまでとは違う「納得感」がありました。自分でも少し調査をしてみると、興味深いエビデンスが目に留まります。

Gibala, M. J., et al. (2006). “Short-term sprint interval versus traditional endurance training: similar initial adaptations in human skeletal muscle and exercise performance.”

要約すれば、週3回、わずか30秒の全力スプリントを数回繰り返すだけのグループと、90〜120分の持続的なサイクリングを行うグループを比較した結果、合計運動時間が圧倒的に少ないにもかかわらず、筋肉の分子レベルでの適応(ミトコンドリアの活性など)は同等であった、という報告です。

120分の運動と、30秒の数セットが同等。 この「圧倒的な効率の良さ」というドライな理屈が、重かった私の腰を上げるための心地よい後押しになりました。


30秒という「終わりのある」苦痛

早速、街中をウォームアップで通り抜け、視界の開けた海沿いの直線コースへと向かいました。 そこで実際にHIITを試してみて、ある確信を得ました。これ、正直に言って「ランニングが長続きしない人」にこそ、心からお勧めしたい。

私にとって、ランニングの何よりの苦痛は「ゴールが見えないこと」でした。 何キロ走るか、何分走るか。頭では分かっていても、走っている最中にふと、「なぜ自分は、せっかくのオフの日にこんなにしんどい思いをしているんだろう」という疑問が湧き上がってくるのです。体にいいことをしているはずなのに、心がそのポジティブな速度に追いつけず、いつの間にか置いてけぼりになってしまう。この、心と身体の「速度の乖離」こそが、挫折の正体だった気がします。

しかし、HIITには「30秒」という明確なゴールがあります。 どれほど心臓が激しく脈打っても、その先に一度立ち止まって呼吸を整える「安息」が約束されている。 「あと少しだけ、全力を出せばいい」 この区切りの良さが、心の切り替えを驚くほどスムーズにしてくれました。終わりのない道を延々と走るのではなく、決まった時間だけ、その瞬間を燃焼させる。この感覚は、一箇所に留まらず拠点を変えながら生きる「借り暮らし」の感覚にもどこか似ている気がします。


大人が「全速力」を取り戻すとき

大人になって、地面を全力で蹴り飛ばす機会なんてそうそうありません。 せいぜい、乗り遅れそうな電車のドアを追いかける時くらいでしょう。そんな時でさえ、周りの目を気にして「必死さ」を隠そうとしてしまう。

けれど、海沿いで風を切り、心臓の鼓動が耳元で鳴り響くのを感じながら全速力で駆けるとき、そんな邪念は一切消え去ります。肺が冷たい空気を求め、足裏がアスファルトの感触をダイレクトに捉える。HIIT後の爽快感は、全力で「今」という瞬間に集中することそのものに要因があるのではないでしょうか。

ちなみに今日は6セット行いました。 セット数を増やせばいいというものではない(=効率の限界がある)というドライなルールも、私の好みに合っています。必要以上に負荷を積み上げず、最適なポイントで切り上げる。それは、資本を攻略する際の感覚にも通じるものがあります。


結論:旅を続けるための、しなやかな足場

終わった後の爽快感は、ただのジョギングよりも圧倒的に深く、清々しいものでした。

「人はみな地球のどこかを借り暮らししている」

その旅路を存分に味わい尽くすためには、やはり相応の体力という「装備」が必要です。 坂道を軽やかに登り、まだ見ぬ景色に辿り着くための力。あるいは、変化し続ける環境にしなやかに対応できる、整った身体。 30秒の全速力が、いつかどこかの異国の街を歩く自分の力になると信じて、怪我に気をつけながら続けていこうと思います。

タイラセイジ

After all, we're all just borrowing this earth together.

この記事を書いた人

地球の一時的な住人で兼業投資家。真の豊かさとは所有ではなく、借り暮らしであることを証明するために模索中。

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